









今日は、私の人生に大きな光をくれた、大好きなおばあちゃんのお話をさせてください。
私はシングルマザーの家庭で育ちました。母は兄と私を女手一つで育ててくれましたが、寂しさを感じたことは一度もありません。旅行の思い出こそ少ないけれど、夏休みと冬休みのたびにおばあちゃんの家で過ごす長い時間が、私にとっては何よりの楽しみだったからです。
働き者だったおばあちゃんは、昼間は仕事で家を空けていました。そんな時、テーブルの上にはいつも、丸くて大きな特大のおにぎりが用意されていました。そのおにぎりを頬張るたびに、「ああ、おばあちゃんの家に来たんだな」と、心から安心したのを覚えています。
ある日の早朝。ふと目を覚ました私は、台所でおにぎりを握るおばあちゃんの姿を初めて目にしました。炊きたての熱々のご飯を、おばあちゃんは素手でギュッ、ギュッと力強く握っていました。
「熱くないの?」
思わず駆け寄って聞くと、おばあちゃんは少し照れくさそうに「熱くねぇよ」と笑いました。
記憶を辿れば、おばあちゃんは茹でたての野菜を鷲掴みにしたり、揚げたての唐揚げをひょいひょいと素手で盛り付けたりしていました。「どうして?」と尋ねると、長年料理をし続けて「皮が厚くなったんだ」と答えてくれました。確かに、その手はとても硬く、家族のために尽くしてきた年月が刻まれているようでした。
大人になり、どんなに忙しくなっても、年に一度は必ずおばあちゃんに会いに行きました。おばあちゃんが病に伏し、食事が摂れず、目も見えず、ペンすら握れなくなっても、私は大好きなおばあちゃんがいなくなる未来を想像することすらできませんでした。いえ、したくなかったのかもしれません。
おばあちゃんが旅立ったのは、私が三男を妊娠している時でした。最後に会いに行った時、おばあちゃんは新しい命が生まれるのを誰よりも楽しみにしてくれていました。
亡くなってしばらくは、実感が湧きませんでした。けれど、ひとつの命が消え、新しい命が生まれるという現実に直面し、私は次第に出産に対する恐怖に飲み込まれていきました。「人が死ぬこと、生まれること」を深く考えすぎて、心は不安定になる一方でした。
そんな時、一通の手紙が届きました。
そこには、震える文字で、出産を終えた私への温かい労いの言葉が綴られていました。
おばあちゃんは、最期まで私のことを想ってくれていた。
その瞬間、「私は一人じゃない」と強く背中を押された気がしました。いつまでも怖がっていては、赤ちゃんにも、おばあちゃんにも申し訳ない。母親として、強くならなきゃいけない。
手紙を読んだ直後は、立てないほど号泣して子どもたちを心配させてしまったけれど、その涙と一緒に、心のモヤモヤや恐怖がスッと消えていくのが分かりました。
あれから時が経ち、三男も2歳半になりました。
今でも「お母さんとして、妻として、私はまだまだだな」と落ち込む日もあります。けれど、料理中にふと熱いものに触れた時、「あ、私も少しだけおばあちゃんの手に近づけたのかな」と感じることがあります。
その瞬間、少しだけ自分を誇らしく思えるのです。
ばあば、本当にありがとう。私はこれからも、この手で家族を支えていくね。
最後までよんでくれてありがとうございました。